遠い記憶4


その夜は特に寒かった。




シゼルは家路を急いでいた。

知人に誘われ、仕方なく出席した集まり.

シゼルにとってそれはとても退屈なもので、結局途中で抜け出しこうして家へと向かっている。

どんな賛辞も、空を切るようで。

そんなくだらない言葉を聞いているより、バリスの側にいたほうがずっといいと思う。

もう遅い。バリルは帰宅しているだろうか?




たどり着いた家には明かりがついていた。

誰か帰っているようだ。おそらく・・・バリルが。

扉を開けて、家の奥へと入る。

ソファに人影が見え、シゼルは覗きこんだ。

「・・・バリル?」

居たのは、バリルだった。

待ちくたびれて寝ていたのだろうか、ソファに腰掛けたまま、目を閉じている。

「眠って、いるのか」

窓から差し込む月の光に照らされ、バリルの肌の白さがますます際立つ。

セレスティア人にはない、肌の色。

それが、シゼルにとっては特別で、とても綺麗だと思えた。

「・・・×××」

ふと、バリルの唇が何か言葉を紡いだ。

シゼルの知らない言葉。すぐに彼の世界の言葉だと分かった。

「・・・っ」

シゼルの胸が、ざわめく。

ふと、いつかの彼の言葉が蘇った。

想っている人ならいた、そう答えたバリル。

もしかして、その相手の名前だろうか。

「いや、だ・・・」

どうして、こんな気持ちになるのか分からない。

けれど、もうこれ以上彼の言葉を聞きたくなくて、思わずその唇を自らのそれで塞いでいた。




「・・・シ、ゼル・・・?」

どれくらいそうしていただろう。

何時の間に目を覚ましたのか、唇を放したシゼルの名をバリルが戸惑ったように呼んだ。

「・・・どうして」

バリルの問いかけに、シゼルは首を横に振る。

シゼルにだって、自分の気持ちが分からなかった。

けれど、もし彼の言葉が大事な誰かの名前なら、聞きたくないと思ったのだ。

それが、彼に遠い目をさせる誰かなら。

「・・・困ったな」

いつかも聞いた言葉で、バリルが言う。

その言葉に、胸が痛んだ。

・・・そんな風に、言わないで。

「・・・向こうの世界の言葉、だったから・・・」

「シゼル?」

「バリルが、想っていた相手、だろう?」

シゼルが問うと、バリルは驚いたように彼女を見返した。

それから、優しい顔で笑う。

「・・・違うよ」

そっと、バリルの手がシゼルの頬に触れる。

何時の間に涙を流していたのだろう。

彼の手がそっと涙をふき取って初めて、シゼルは自分が泣いていた事を知った。

「困るって、言ったのに」

「うん。・・・でも、触れたい」

そっと、バリルの手がシゼルの髪を掬う。

そうして、バリルの唇がシゼルの髪に触れた。






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