遠い記憶2
岬でシゼルがバリスを拾ってから一ヶ月。
バリルはようやくベッドから起き上がって活動できるようになり、バリスと共に研究所に通うようになった。
研究所と言っても、家の近くに立っているガレノスの家だ。
そもそもシゼルが成人した際にそこから独立し、ここに家を建て住み始めたのだが、お前はどこか世間ずれして
いると娘を心配したガレノスが頻繁にシゼルの家に来ているのだった。
相変わらずガレノスとバリルは仲がいい。
バリルが研究所に通い始めると、途端にシゼルがバリルの話を聞く機会は減った。
それがシゼルにとっては少し寂しかった。
「お帰り、シゼル」
帰宅したシゼルに、バリルが本から顔を上げそう言った。
「・・・今日は早いな。研究所から戻っていたのか」
「まだ全快したわけじゃないから少しは休めと、ガレノスが。本だけ借りてきたよ。ガレノスはもうしばらく向こうに
居るみたいだった」
「そうか」
居ないものだと思っていたから、嬉しい。
ガレノスはこの優秀な青年を気に入っているようだが、シゼルも彼のことを気に入っていた。
彼のする彼の故郷の話は、シゼルには全く思いもしないような世界で、とても興味深く面白い。
それに、話している時の彼の顔が好きだった。
セレスティアンにはない、白い肌。エラーラのない額。どこか遠くを見るような瞳。
彼女の周りには、こんな人間は居ない。
綺麗だと思っていた。
「前から疑問だったのだが、バリルが首につけている、それは何だ?」
2人で食事をした後、本を再び読み始めたバリルの隣に座ったシゼルがそう尋ねる。
「ああ、これ?チョーカーだよ。向こうの古い因習だ」
「ふうん・・・」
近寄り、首に手を伸ばしてそれに触れる。
すぐ目の前のバリルは困ったように笑って、そっとシゼルから離れた。
「シゼルはセレスティアンだから平気かもしれないけれど、僕にはこの距離は近過ぎる。困るな」
「そうか?」
セレスティアンだからと言っても、シゼルだって誰彼構わず近付いているわけではない。
バリルは綺麗だから、平気なだけだ。
側で顔が見たいと思うし、触れてみたいと思う。
だから、バリルが離れてしまって内心がっかりした。
「すまなかった。嫌な事ならしない」
「そういうわけじゃない。困るだけだよ。シゼルは綺麗だから」
綺麗、だなんて。
まさか自分が綺麗だと思っている相手に言われるとは思わなかった。
他の男達からはよく言われていて、もう聞き流してしまっているような言葉だったが、バリルが言うと響きが違った。
心地がいい。もっと言って欲しい。
「だったら、近くで見てくれればいい。私は構わない」
「そういうわけにはいかないよ」
僕はインフェリアンだからねとバリルが言い、笑った。
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