遠い記憶1


それは、今から少し前の話―――。




「ガレノス。岬に行ってくる」

奥に居るガレノスに、シゼルはそう告げる。

「ああ。気をつけていっておいで」




長い髪をなびかせ、岬を歩く。

街から少し離れた岬を散歩するのが、シゼルは好きだった。

ここは、あまり人が来ない。

1人で静かにこの場所を歩く時間が、シゼルにとって幸せな一時。

「・・・?あれはなんだ・・・?人・・・?」

前方の見慣れぬ物体に、足を止めた。

頭から血を流し、気を失って倒れている、男。

彼には、エラーラがなかった。




「ガレノス!遺体を拾ったぞ」

「お前は聡明で綺麗だがどこかぬけとるのぅ。あたしは心配じゃよ。」

男を抱え家に飛び込んだシゼルの台詞にガレノスは呆れたように言い、男の脈を取る。

「生きとる。客用のベットがあったじゃろう。寝かせなさい」

ガレノスに言われるがまま、ベッドへと連れて行く。

シゼルは細身だが、その辺の男よりも強い。それに男も細身で軽かった。

「・・・応急処置はした。しばらく様子を見るとしよう」

「ガレノス。この男、エラーラがない」

「ああ。突然変異か・・・それか、異世界の者じゃろう」

止血をし、ベッドに寝かされた男は、発見時よりも顔色は幾分かましに見える。

エラーラと肌の色以外は、自分達とほとんど変わらない。

これが、異世界の者・・・?

「目を覚ますだろうか」

「さあ、とにかくしばらく様子は見てやらんとのう。今夜はあたしが見ているから、シゼルは休むといい」

異世界の者なら、話を聞いてみたい。

シゼルは純粋に、そう思った。




一週間後、ようやく目を覚ました男は、自らをバリルと名乗った。

最初聞きなれない言葉で話したが、シゼルたちの話すのを聞いて、すぐに言葉を変えた。

異世界の、インフェリアから来たのだという。

しかし言葉はセレスティアンのように堪能で、その口から発せられる知識も豊富だった。

向こうでは学者だったという彼はまだベッドからは起き上がることはできなかったが、

すぐにガレノスと打ち解け、2人で話しばかりしている。

「今日はその辺でやめておくといい、ガレノス。バリルはまだ病人だ」

いつもはガレノスに呆れられることの多いシゼルだが、今日は反対だ。

まだ話をしたそうな顔をしながらも、ガレノスはやれやれと腰を上げる。

「仕方がない。向こうで研究の続きでもしてくるとしようかのう」

ガレノスが部屋を出て行ったのを見上げると、シゼルはすまないなとバリルに告げた。

「私がガレノスの話に付き合えないから、お前が居て嬉しいようだ。許してくれ」」

「僕もガレノスの話は興味深いと思っているし、困っていないよ。むしろ有難い位だ」

そう言って微笑むバリルに、シゼルはありがとうと言い、持ってきた粥を渡す。

どうやらセレスティアの食事は向こうの人間にとっては少し風味が強いようだ。

シゼルには薄味に感じられるような粥を、彼は好んだ。

今日も、シゼルは「味がしない」と思ったそれに対して、彼は美味しいと笑った。

「シゼルは、ガレノスの娘だと聞いたけれど、彼を名前で呼ぶんだね」

空になった皿を美味しかったと渡しながら、バリルはそう言った。

「セレスティアでは、子どもは独立したらみな親を名で呼ぶ。お前の居た世界では違うのか?」

「うん。独立しても名前で呼ぶことはないかな。僕の世界は、少し固いのかもしれない」

どこか寂しげな顔をしながら、バリルは笑う。

遠い故郷を、思い出しているのか。

インフェリアの話をするとき、バリルはいつも遠い瞳をした。

「バリルにも、両親が居るのだな。向こうの世界に」

「・・・ああ、うん、いるよ」

「大事な人も、置いてきたのか」

「・・・そうだね。大事だった人を、置いてきたよ」

やはり、遠い瞳をして答える。

シゼルにはその瞳が綺麗に見え、好んで、向こうの世界の話を聞いた。




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