うん、って言えばよかった。
頷けばよかった
美術室には、私とクリス以外、誰もいない。
既に皆帰っていて、残っているのは製作につい夢中になってしまった私達だけ。
特に最近何だか思いつめたようにも見えるほど製作にはまっているクリスは、一言もしゃべらないで作品に向かっている。
「ねえ、クリス君。そろそろ帰ろうか?」
さすがに暗くなるし、と告げると、「え?」と今気付いたようにクリスが顔を上げる。
「ホンマや〜。みんな何時の間に帰ったん?僕全然知らへんかった〜」
「みんな声かけて帰ってったよ?クリス君も返事してたけど。上の空だった?」
そう言うと、多分そう見たいや、と返ってくる。
それくらい集中していたのだろう。
「なんか、すごく静かだね。もう他のクラブの子もみんな帰ってるかも」
学校中がしんとして、私の声だけが響いている。
誰もいない、教室。誰もいない学校。
まるでこの世界に2人しかいないような、そんな錯覚に陥るほど、静かで。
現実ではないみたいだった。
「なあ、あかりちゃん」
片付けようか、と立ち上がった私を呼びとめ、クリスが「もし」と尋ねた。
「もし、僕がこのまま一緒に逃げようって言ったら・・・あかりちゃんは一緒に逃げてくれる?」
クリスの表情は静かで、冗談を言っているようには見えなかった。
あんなに表情豊かなクリスが、一切の喜怒哀楽を打ち消して。
まるで能面のような顔で、私の答えを待っている。
「・・・え・・・」
いつもと違う彼の様子に、私の対応は遅れた。
どう答えようか迷っていると、「なんちゃって、冗談や」とクリスが破願する。
「さ、帰ろ。あんまり遅くなると、あかりちゃんのお父ちゃんやお母ちゃんも心配するで〜」
さっきまでの表情が嘘のようににこにこして、さっさと片付けをし、帰る用意を済ませる。
私も釣られて立ち上がり、帰る用意を済ませた。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
2人で連れ立って部室を出た。
暗いから家の近くまで送ると言うクリスに甘え、談笑しながら家まで歩く。
デートの後いつも送ってもらう所に辿り着き、「ここでいいよ」と告げた。
「ありがとう。また明日ね」
「うん。お疲れサマ」
言いながら、クリスは手を振って。
彼に背を向けて、家の方に歩きかけた時。
後ろから「ごめんね」と声が聞こえた。
「困らせてゴメンナサイ。冗談やから、忘れたってな」
え、と振り向いた時には、もうクリスは小走りに遠ざかっていく所で。
ようやく、彼の言葉が冗談じゃなかったことに、私は気付いてしまった。
無表情だったクリスの、怯えるような色をした瞳を思い出す。
ただ、溜息が零れた。
「ああ・・・」
嘘でもいいから、頷いてあげれば、よかった。
春のお花見イベント前くらい?時々思いつめたような諦めたような表情をするクリスが私は好きです。
演劇も好きだった。切ない男が多いよね。GS2って。