仕事で大失敗したあかりは、バイト終了と同時に飛び出すようにして店を出て行った。

今にも、「辞める」と言い出しかねない様子で。




   
臆病者の




「慰めに行かないの?」

そう有沢は尋ねた。



「・・・そういう仲じゃないから」

「そう?じゃあ今までの貴方達は何だったの?貴方は何のために優しくしていたの?」

見透かすような目で問い詰める。

俺は何も言わず、ただ俯いた。

そういうつもりじゃなかった。

妹のように可愛かった、それだけだ。

けれど心のどこかが軋む音がする。



「見てるだけで良いと思う、そんな恋をしたわ」

ぽつりと、有沢が言った。

「私には似合わないって、見てるだけで幸せだって、ずっと言い聞かせてた」

「でも、違ったの」

「臆病だっただけ。それに気がついたとき、もう遅かった」

「・・・俺は、別に、ただ。・・・妹の、ようだと」

「妹を好きになる人だって、いるのよ?それに彼女は妹じゃないわ」



どこまで彼女は知っているのだろう。

淡々と、しかし確実に、俺を捕らえる。



「とにかく、彼女が辞めるのは、アンネリーにとって大きな損失なの。探してきて」



何故とはもう聞かなかった。

何も言わず、俺は店を出た。



いつかのデートの帰りに送っていった彼女の家を目指す。

運の悪いことに、今日は車でなく自転車で来てしまった。

ほとんど立ちこぎ状態で、風を切りながら町の中を突っ走る。



見てるだけでいいと思う恋をしたわ



有沢の声が蘇る。

そんなんじゃない。そんなふうに思ってなどいない。

いつか彼女の王子様と幸せになってほしいなんて思ったのは、彼女が可愛い妹だからだ。

見てるだけで良いなんて、そんな殊勝な恋などしていない。

俺はそんなロマンチストじゃない。



「あ・・・」

通りすぎた公園で姿を見たような気がして、引き返した。

ベンチにぽつりと一人座る少女。

見覚えのある姿に、俺はは自転車を止め、ゆっくりと近付く。



「あかり」



俺の声に、彼女はぱっと顔を上げる。

赤く腫らした目が痛々しい。

「先輩・・・」

か細い声で、俺の名を呼ぶ。

あかりが店を出てから、もう1時間以上が経っている。ずっと此処にいたのだろうか。

「・・・地球の果てまで落ち込んでるって顔、してるぞ」

そう声をかけると、「だって・・・」と小声で呟いた。

「だって、私、あんな・・・取り返しもつかないような失敗を、して」

「それはもう反省したし、店長がフォローしてくれたろ?失敗なんて、誰にでもあるって」

「でも、私全然上達しないし、仕事覚えもよくないと思うし・・・。自信、なくしちゃって・・・」

いつも明るい彼女が、こんなにも落ち込むなんて。

チャームポイントの笑顔も今は消えうせ、今にも泣きそうな顔で俯いている。

「辞めた方が、いいのかも・・・」

ぽつり、とあかりが呟く。

俺も有沢も予想していた言葉。

今まで一度も弱音を吐かなかった彼女が、そう言うんじゃないかって。




言うべきことは、既に決まっていた。

アンネリーは、お前を必要としていると。

有沢もそう言っていたと。

だから、辞めるなと。



「・・・あかり」

「先輩、私、辞めた方がいいのかなあ・・・?」

こらえていたらしい涙が、あかりの瞳から零れだす。

嗚咽とともに吐き出された言葉は、救いを求めているようだった。

細い、小さな肩が震えている。

俺は何も言えなくなり、思わず彼女を抱きしめたくなる手をぐっと握って耐えた。



彼女は大事な妹分だ。それ以上でもそれ以下でもない。

だから、言うべき言葉も決まっていたのに。

なのに、なのに、俺の口からは。



「辞めるなよ」

「先輩」

「辞めるな。お前がいないと、寂しい」



思ってもいなかったはずの言葉が、零れる。

言うつもりなど、なかったのに。



「お前がいないと、俺が、寂しいんだ。だから・・・辞めないでくれ」



「せんぱ・・・っ・・・」

あかりがベンチから立ち上がり、勢いよく抱きついてきた。

そのまま堰を切ったように大声で泣き出す。

俺はそんな彼女の頭を撫でながら「大丈夫、大丈夫だから」と何度も呟いていた。

「お前が頑張ってるのは、よく知ってるから。だから、元気出せよ。無理しなくてもいいから」

「先輩、先輩、私・・・」

「あとで、もう一回店長に謝りに行こう、な?」

「うん・・・うん・・・っ」



俺の体に抱きつき、首を振る彼女を。

俺は心の底から愛しいと思った。

そうして、ようやく、気付いてしまった。





(見てるだけで良いと思う、そんな恋をしたわ)

(でも、違ったの)

(臆病だっただけ。それに気がついたとき、もう遅かった)





そうだ、俺は気付かないふりをしていただけ。

彼女に恋をして、でも駄目になるのが怖かった、それだけだ。

妹分だなんて、言い聞かせて。

必死に恋を否定した。

・・・余りにも、臆病だったから。



「・・・敵わねぇなあ、有沢には・・・」

溜息混じりに呟くと、不思議そうにあかりが見上げてくる。

その様子は憑き物が落ちたみたいにすっきりしていて、先程より随分落ち着いたようだった。

「何でもない、こっちの話。それよりお前二人乗り大丈夫か?今から店戻るぞ」

「大丈夫・・・ですけど。私、重いかも・・・」

「あー重いのは大体知ってる・・・って冗談だよ冗談。お前は十分軽いだろ。ほら、乗れ」

自転車にまたがり、促す。

彼女が後ろに乗り、ぎゅっと腰に手を回してきたのをみて、「行くぞー」と漕ぎ出した。



「・・・先輩、ありがとう」

背中でぼそりと呟かれた言葉に、俺は「気にするな」と返す。

「その代わり、今度の休みはデートな!ボーリング、1ゲームお前のおごりだぞー!」

「ええー!おごりですか?」

「そう!迎えにいくから、ちゃんと待ってろよ」





今はまだ、告げないでおこう。

俺の、臆病だった恋を。







真咲自覚話というかなんというか。
かなり作ってます、すみません。
有沢さんとのやりとりと、「辞めるな」ってシーンを書きたかっただけ。


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