まだ終わらない
ふと見たらアイツがいなかった。
もうすぐ試合が始まると言うのに、どこにいったんだろう。
探してくる、とだけ言い捨てて足早に会場内を回る。
今日は甲子園出場を賭けた大事な試合。
そんな試合の直前に、アイツはどこにいる?
「あー!志波くん、どこ行ってたの?探したよ?」
どこを探しても見つからず、仕方なく戻る途中でかけられた声に、がっくりと肩を落とす。
それはこっちの台詞だ。
「・・・探してたんだ、お前を」
「ええ?そうだったの?知らなかった」
案の定彼女からはそんな台詞が返ってきて。
お前がいないだけで俺がどんな気持ちになるか知らないから、そんな風にいられるんだ。
何だかやりきれない。
「・・・まあ、いい。どこにいたんだ?」
諦めてそう尋ねると、彼女は「応援席!」と嬉しそうに答える。
「先輩達が見に来てくれててね、挨拶しに行ってたの。1年の時のキャプテンで・・・って志波j君は知らないんだっけ」
「・・・悪い」
俺が入部したのは、1年の冬。
夏が終われば代替わりする野球部は当然、新体制に入っていた。
当時の3年生に会ったのは卒業式前の追い出しくらいだ。
だから、俺はほとんど面識がない。
向こうもそうだろうが。
「でもね、キャプテンは志波君のことよく知ってるんだよ」
ところがそんな台詞が彼女から返ってきて、俺はびっくりした。
「どうして」
「だって、志波君よく野球部の練習の様子を見てたでしょう?キャプテン、ずっと気になってたみたい」
そういえば、追い出しの時もちらりとそんな事を言った人がいた気がする。
彼が、そのキャプテンか?
「いつも悲しそうな顔で練習を見てたから、ずっと声かけたくて、でもかけられなかったって・・・。
でも今日ちらりと顔をみたら、すごくいい顔してて、安心したって言ってたよ」
そう言って、嬉しそうに彼女が微笑む。
「私も、そう思う。最近の志波君、本当に野球が好きだって、楽しいって顔してるもの。だから、私も嬉しいの」
なんて、こんな事言うの照れちゃうね、と彼女は舌を出した。
その言葉が、仕草が。
愛おしくて、抱きしめたい衝動に駆られる。
「あのね。ここまでうちの部が勝てたのは、志波君のおかげだって思うの。志波君が、みんなのために頑張ってくれたから。
だから、今日くらいはさ、みんなのためじゃなくて、自分のためにバッターボックスに立ってね。今日が、最後かもしれないし・・・」
「そんな事はない」
彼女の言葉に、俺は即座に否定する。
そんな事はない。
俺は復帰してからずっと、何時だって、自分のためだけに野球をしていた。
中学時代、みんなの期待を裏切ってしまった罪滅ぼしだと言い聞かせながら。
そんな風に野球をすることで、俺が楽になれるように、ただ俺のためだけに。
そんな俺を許してくれて、支えてくれたのは、今のチームメイトと、お前だ。
今までずっと、お前達が俺に野球をさせてくれていたんだ。
こんな俺に。
「今日くらいは、みんなのために打たせてくれ」
こんな風に考えることも自己満足かもしれないが。
今日くらいは、みんなのためにバッターボックスに立ちたい。
そして、みんなで勝ちたい。
「・・・今日で終わりにはしない」
はっきりと告げた俺に、彼女は一瞬目を見開いて。
満面の笑みを浮かべた。
志波っちを語るにはやはりかかせない野球ネタ。
志波っちは主人公だけじゃなくて、仲間にも感謝してるんじゃないかな。